2007年04月28日

発見!お宝!かつらぎ町

発見!お宝!かつらぎ町はじめまして、リポーターの阿部奈緒美です。

第1回の番組は、「かつらぎ町」。
<↓↓番組をお聞きいただけます↓↓>

http://wbs.websozai.jp/waka/rw070428.mp3

この町には、2004(平成16)年に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の源流となる歴史が刻まれています。フルーツいっぱい、元気いっぱいのまちでもあります。

かつらぎ町天野にあるのが、世界遺産登録されている丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)。

1200年前に、空海がここに祀られる神の導きで高野山に至り、土地を借り受けて開山したことから、真言密教の守り神とされています。

明治の廃仏毀釈まで、神社境内には七堂伽藍が建ち並び、高野山と合同のイベントが行われるなど、両者は密接なつながりを保っていました。なお現在も、高野山の御社では毎日僧侶によって読経があげられていますし、高野山の勤行では、空海を称える言葉とともに、丹生都比売大神と高野御子大神を称えて「南無大明神」と唱えられています。同神社には、僧侶の参拝も多いそうですよ。

もし空海と丹生都比売神社との出会いと関わり合いがなければ、神仏習合が日本人の心にに根付くことはなかったかもしれません。そうすると熊野詣の隆盛も、ひいては世界遺産の登録もなかったといえるでしょう。

楼門(国の重要文化財)

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参拝はこちらで。

室町時代中期の様式を示す入母屋造・檜皮葺の重厚な構え。

丹生都比売神社は、いまから1700年前に創建されたと伝えられ、丹生都比売大神・高野御子大神など四神を祀る古ーいお社。

楼門の奥に、四棟の本殿(国の重要文化財)が並んでいます。参拝においでの際には、右から2番目の本殿のひさしあたりに目を凝らしてみてください。そこには「象」の彫刻が。日本の神様にゾウって、あなた。ですが、これもまた、仏教の影響なんですね。

ちなみに、神社にお参りの際は、まず鈴を鳴らしますが、これは他人の家を訪問するときの呼び鈴のようなもの。神様に「お邪魔します。お参りに来ました。」とお知らせする意味があります。トンネルを抜けると、そこは天野の里

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♪坊やーよい子だねんねしなぁ♪と、口ずさんじゃいますよねー。初めてなのに、「ただいまー」と言いたくなる感じ。

でもでも、ここはただ昔なつかしの風景が広がる場所ってわけじゃないのです。

平安時代から鎌倉時代にかけ、高野山詣の表街道の中心地だった天野一帯には、女人禁制の高野山に入ることのかなわなかった女性たちの悲話にまつわる史跡が少なくありません。西行出家後に尼となった妻と娘が読経三昧の生活を送った地に建つ「西行堂」と彼女らの「墓」。平家の若侍だった滝口入道が高野山に登ったのを追い、天野での再会を願いながら19歳で病没した建礼門院の女官「横笛の恋塚」。高野山奥の院に千年間絶えることなく光り輝いているという「貧女の一燈」を、亡き養父母のために自らの黒髪をお金にかえて献じた「お照の墓」、などなど。

白州正子(評論家・エッセイスト)は、ここを「たかまがはら高天原」にたとえ、「老後に住みたい」というほど惚れ込んでいたそうです。鋭い洞察力で知られた彼女をもひきつける何かが、ここにはあるのでしょうね。

丹生都比売神社の太鼓橋

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豊臣秀吉の側室・淀君の寄進と伝えられているこの橋。朱色に塗られているのは、なぜだかわかりますか?

卑弥呼の時代から、朱色は魔除けの色とされてきました。楼門に向かう橋が朱に彩られているのは、神の領域に魔物を入れないという意味がこめられているそう。

そもそも、丹生都比売神社の「丹」とは、朱色の顔料となる朱砂のこと。防腐作用があることでも知られていました。金箔をほどこす際に不可欠な水銀が採れる朱砂はふるくから珍重され、その不思議な力から、悪霊を退けるパワーが朱色にはあると信じられるようになったんですね。

朱砂の鉱脈上の各地に丹生神社が存在しています。それらの総本社が、ここ丹生都比売神社なのです。

ちなみに、太鼓橋が反り上がって登りづらいのは、べつに意地悪ではなくて、俗世と聖域のけじめをつけるという意図があるとのこと。なお、現在この橋に塗られている塗料の原料は、朱砂ではないそうです。

神社の由緒や神道についてやさしく説いてくださる丹生宮司

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丹生宮司は、古代、日本全国の朱砂鉱脈を支配し、丹生都比売大神を祀ってきた丹生一族の子孫でもいらっしゃいます。

神社は「訪れた人が元気になる場所」でありたいと語る丹生宮司。


人々に、単なる癒しを超えた、生命力再生の場・活力を与えられる場であるからこそ、鎮守の杜も社殿も存在し続けてきたのかもしません。

実際、世界遺産に登録される前から、丹生都比売神社では、ひとりで参拝に訪れる20〜40代の女性が多かったのだそう。丹生さんが声をかけると、「ここに来ると、なんだか元気になるんですよね。」と言われたことがあるといいます。

人は、いつの時代も、生きている限り、悩みや苦しみを抱えざるを得ませんよね。がんばってがんばって、くたびれたとき、日常から離れて、高原の“異空間”、天野の里の丹生都比売神社を訪れてみてはいかがでしょう。

マッチ21,000本!でつくられた楼門の模型

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紀の川市の方が作成して、今年3月に奉納されました。近く、伊都振興局に展示される予定。費やされた手間と時間を考えると、愛されている神社であることが分かりますね。

天野産の品々が買える「ようよって」

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これも手づくり!の建物です。

地元の方々が、紀州材を使って自分たちで建てました。(すごい!)天野の里のみなさんの、知恵と技術のたまもの。

有志20人ほどで運営され、土日祝日のみ営業しています。お土産を買うのみならず、軽食もとれます。かつて紀州公に献上され、高野山にも納められている天野米も、ここで買えます。紀州の殿様気分を、味わえるかも!?

まちの魅力を語る山本町長

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「時間があったら妻と旅行に」という温和な山本町長。

町長の自慢は、「町民が自ら発案して、行動を起こしていること」。

全国でも珍しい桃狩り等の観光農園や、つくってもつくっても足りないほど他府県から引き合いがある種なしブドウ・ピオーネの栽培など、特産の果物を中心に意欲的な取り組みが、町内のあちこちで見られます。

生産量日本一の柿をはじめ、リンゴ・イチゴ・ブルーベリーなど、「パイナップルとバナナ意外は何でもある」というくらい、町全体がいわばフルーツのデパート。

定住人口は2万人ほどですが、交流人口は年間100万人を超えます。その半数は、果物等の直売所を訪れる買い物客だそうです。

歴史あり、果物あり、温泉もいたるところにある「かつらぎ町」。

2005(平成17)年には、花園村と合併し、恐竜ランドやキャンプ場などレジャーの場も増えました。

魅力いっぱいのこの町で暮らしたいという希望や問い合わせも、役場に多く寄せられています。ただ、空家と新定住希望者とのコーディネートが難しいとのこと。それでも、天然酵母のパン屋さんや、陶芸家など、新たな住人も増えてきています。

「今後、さらに町の知名度を高め、広くなった町全体の活気を盛りあげていきたい」と山本町長は意欲を語っていました。

新鮮でおいしい果物を求めがてら、世界遺産を含めた史跡めぐりやハイキングに温泉・・・とても1日じゃ楽しみ尽くせない!!そんな「かつらぎ町」のある和歌山県民になれて幸せだなあと思う、北海道出身の私でした。
posted by wbs at 11:56| かつらぎ町