2009年01月31日

発見!お宝!広川町

「稲むらの火」で知られ、防災モデルのまちとして注目されているのが広川町。地震や津波から身を守る知恵を、いざ拝借。

<↓↓番組をお聞きいただけます↓↓>

http://wbs.websozai.jp/waka/rw090131.mp3

「火を目指して高台へ!」
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1854年暮れ、安政地震による大津波が、広村(現在の広川町の沿岸部)を襲う。濱口梧陵(はまぐち・ごりょう)は、稲むら(稲の束を積み重ねたもの)に火を放って避難の目印とし、夕闇にさまよう村人たちを救った。…というのが、世に知られる「稲むらの火」。役場前の広場には、村人へ呼びかけながら松明を手に走る梧陵さんの像が。毎年10月の稲むらの火まつりでは、ここを起点に、梧陵さんたちも避難した広八幡神社まで町民らが松明行列。また11月3日に行われる津浪祭は、今年で107回目に。先人の偉業と津波の脅威を忘れまい、という意思がしっかり引き継がれています。


郷土を守る砦
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安政地震の後、将来の津波に備え、かつ雇用を生み出して村人の離散を防ごうと、濱口梧陵が私財を投じ築かれたのが広村堤防。高さ5m、根幅20m、延長600mの堤防は、昭和21(1946)年の南海地震による津波の被害などを最小限にくい止めてきました。そして今なお、津波から町を守ろうと海ににらみを利かせている頼もしい砦。舗装された堤防の上は、普段は気持ちのいい遊歩道。が、犬の散歩道としても人気なのか、松ぼっくりに混じってフンもちらほら(※飼い主さんは拾ってね)。梧陵さんの史跡散策コース(全行程約5km。歩き応えあり。)の一部でもあります。

楽しく防災を学べるよ
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梧陵さんの史跡ポイントの一つで、人気観光施設でもある「稲むらの火の館」。濱口家の旧居宅を改築した記念館と、津波防災教育センターの2つのゾーンがあります。「遊び感覚で楽しみながら、防災の知識を学べる場所。地元はもちろん大阪方面の小学生などが、たくさん来てくれています。」と丸山篤館長。2007年春のオープンから約1年半で、来館者は5万人を超えました。ゲーム形式で、応急・復旧・予防に関する問題をクリアすれば、アナタもINAMURAレンジャーに。名前入りの認定証をもらうと、ちょっと得意な気分。

白倉充町長
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「津波から村人を救っただけでなく、教育・医療・政治・経済など幅広く社会に貢献した濱口梧陵の出身地であることは、町の誇り。」と白倉充町長。梧陵さんは、ヤマサ醤油の当主であり、初代郵政大臣であり、勝海舟らと交流し資金援助するなど、各方面でただならぬ活躍をした人なのです。町長の夢は、「稲むらの火を、国語の教科書に復活させること。」ということで、平成23(2011)年度の教科書改訂を視野に、出版社などへのPRに力を入れています。


ますます回ります
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町長が「関西随一の規模」と胸を張るのが、2008年11月に操業を始めた広川明神山風力発電所。由良町との境界の稜線に、16基の風車がずらり。約11,000世帯分の年間消費電力に相当する電気がつくられ、大阪へ送られています。町内では今後も続々、風力発電所が開設される予定。防災の先進地・広川町は、いまやクリーンエネルギーの先進地にもなりつつあります。

町内の避難路沿いに点在する誘導灯も、やっぱりエコ。小さなプロペラによる風力発電と太陽光発電のあわせ技で蓄電。地震で停電というとき、現代版・稲むらの火として町民を導くはず。沖合いの防波堤が建設中だったり、堤防の水門の電動化工事が進められていたり。油断なく今後を見据えて手を打つ梧陵さん流の心がけを受け継ぎ、実践する広川町。わが家も、わがまちも、見習わなきゃ、ですね。
posted by wbs at 19:00| 広川町